エビデンス 武器にしている 思考停止
- 山田哲生
- 5月6日
- 読了時間: 2分
更新日:5月12日

🧠「エビデンスという名の思考停止」
医療の世界では、エビデンス――すなわち「科学的根拠」が絶対の価値を持つ。
「ランダム化比較試験で有意差が出た」
「メタアナリシスで示された」
「ガイドラインに準じている」
…それらの言葉を口にすれば、それだけで“正しさ”を主張できる空気がある。
しかし、ふと思うのだ。
その“エビデンス”は、あなたの思考の結果なのか?
それとも、思考を放棄するための免罪符なのか?
科学とは本来、“自分の頭で考えるための武器”であるはずだった。
だが現場ではしばしば、「自分では考えないが、偉い誰かが考えてくれた結論を盾に、他者を黙らせるための棍棒」になっている。
患者の訴えを無視し、「エビデンスがないから却下」と切って捨てる。
未承認の治療法に目を向けた医師を、「エビデンスが薄い」と嘲る。
だが、新しい知見はすべて、“エビデンスがなかった時代”から始まったはずではなかったか。
考えなくて済む武器を手にした者は、やがて「それを使えば勝てる」という誘惑に抗えなくなる。そしていつしか、**エビデンスを振りかざすだけの“科学の信者”**になってしまうのだ。
本当に必要なのは、“エビデンスに従う力”ではなく、“エビデンスを越えて考える勇気”ではないか。
科学の名のもとに、自分の判断を棚に上げること。それこそが、思考停止という病の最も厄介な症状だと思う。
written by SARL LAFRANCE, superviser Tetsuo Yamada
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