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COPY NOTHING

  • 執筆者の写真: 山田哲生
    山田哲生
  • 2 日前
  • 読了時間: 3分


画面にphilosophyとともに

映し出された瞬間

痺れました。


少し前に公開されたジャガーのプロトタイプ。

低く沈み込む姿勢。

張り詰めた線。

光を吸い込むような面。


どこかの延長には見えませんでした。


見慣れた陳腐な形ではありません。

お決まりの成功例の影もない。

「これなら間違いない」と言える材料もない。


それでも、目が離れなかった。


似ている形、

前例があり、説明がつき、

商業的成功の確率が読める。

それは、一般的には

”とても賢明”な選択と捉えられるでしょう。


けれど、あの線にはその”安心”がありませんでした。


だからこそ、痺れたのだと思います。


Copy Nothing。


その言葉が、ようやく腑に落ちました。


似せれば(ビジネスサイドで見れば)、

まぁ安全でしょう。

なぞれば説明がつくでしょう。

誰かの成功を借りれば、

少しだけ心が軽くなるのかもしれません。


それでも、似せなかった。


ただ、その事実が静かに

僕の心に残りました。


カラヴァッジョの《聖マタイの召命》を前にしたときも、

同じ沈黙がありました。


闇の中に差し込む光。

理想化されていない顔。

空気の重み。


そして、《ユディトによるホロフェルネスの斬首》。

ためらいの残る手。

しかし刃は止まらない。

光は、その瞬間だけを照らしている。


美化はありません。逃げ道もない。


彼は流行を壊したのではなく、

見えている光と闇を、

そのまま置いたのだと思います。


結果として、

似なかった。


整っていることは、美しい。

けれど、整いきらない線に、

なぜか心が動くことがあります。


少し過剰で、

少し不安定で、

それでも引き返さない。


ジャガーのあのプロトタイプにも、

同じ気配がありました。


売れるかどうかは分かりません。

万人受けは当然無いでしょう。


ただ、似せなかった。


その一点に、僕は震えました。


Copy Nothing。


違うための言葉ではなく、

自分達の美意識に

嘘をつかないという姿勢。


似せなかったという、その一点。

退路を残さない線。

光の当て方を曲げなかった決断。


そこに、僕は震えました。


なぜ震えたのかと問われれば、

きっと答えは単純です。


心のどこかで、自分もまた、

同じ選択をしたいと

思っているからです。


安心の側に寄るのではなく、

整いきった形に身を預けるのでもなく、

自分の見ている線を、そのまま引くこと。


それが難しいと知っているからこそ、

その新しさでも強さでもない、


”静かな覚悟”


に、痺れました。


想定されている販売形態などでも

様々な波紋を

巻き起こしているらしいですが、


僕は、面白い会社やなぁ

と思っています(笑)。






 
 
 

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