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病気の原因は、一つでなければならないのか。

執筆者の写真: 山田哲生
山田哲生
12 時間前
読了時間: 4分

― 三体問題から考える、医学の複雑さ ―

物理学に「三体問題」という有名な問題があります。

2つの天体が互いの重力によって動く場合、その運動は数学的に計算できます。ところが、天体が3つになると、互いの重力が複雑に影響し合い、将来の動きを予測することが非常に難しくなります。

法則がわかっていても、結果を簡単には予測できない。

私はこの話を聞いて、人間の病気にも似たところがあると感じました。


同じ生活をしていても、同じ病気になるとは限らない

例えば、ヘバーデン結節。

指の第一関節に痛みや腫れ、変形が生じる病気です。

発症には、遺伝的な素因、加齢、ホルモン環境、関節に加わる負荷、代謝など、さまざまな要因が関係していると考えられています。

長年、手を酷使してきた人でも、ヘバーデン結節にならない人がいます。

一方で、特別に手を酷使していなくても、複数の指に変形が生じる人もいます。

同じような生活をしていても、結果は同じにならないのです。

しかも、こうした要因は単に足し算されるだけではありません。互いに影響し合い、その結果として病気が発症したり、進行したりする可能性があります。

ある人では遺伝的な素因が強く関係し、別の人では関節への負荷や身体の内部環境が大きく影響しているのかもしれません。

つまり、同じヘバーデン結節という病名であっても、そこに至るまでの道筋は一人ひとり違う可能性があるのです。


わかりやすい説明が、正しい説明とは限らない

私たちは、物事に明確な原因を求めたくなるものです。

「なぜ、この病気になったのでしょうか」

この問いに対して、

「原因はこれです」

とはっきり説明されれば、安心するかもしれません。

さらに、

「だから、これを補えばよいのです」

と言われれば、なるほどと思うでしょう。

しかし、病気はそれほど単純なものでしょうか。

例えば、ヘバーデン結節は更年期以降の女性に多くみられます。

だからといって、女性ホルモンの減少だけですべてを説明できるわけではありません。

また、女性ホルモンの変化が病気に関係しているとしても、何かを補うことで病気が改善するという結論には直結しません。

病気の発症に関係していることと、それを変えれば病気が治ることは、別の話なのです。

複雑なものを単純に説明することは、決して悪いことではありません。

むしろ、難しい内容をわかりやすく伝えることは、医師にとって大切な仕事です。

ただし、わかりやすく説明することと、複雑な事実を都合よく省略してしまうことは違います。

私は、その違いを大切にしたいと考えています。


病気になった原因と、今ある痛みの原因は同じなのか

もう一つ、考えてみたいことがあります。

ヘバーデン結節では、関節の変形が目立っていても、ほとんど痛みのない人がいます。

反対に、変形が軽度でも、強い痛みに悩まされる人もいます。

同じ病名がついていても、症状は必ずしも一致しません。

ここで重要になるのが、病気が発症した原因と、現在の痛みを生み出している要因を分けて考えることです。

仮に、ヘバーデン結節が発症した理由を完全に説明できなかったとしても、今、その関節や周囲の組織で何が起きているのかを調べることはできます。

そして、痛みに関係している問題が見つかれば、そこに対して治療を行える場合があります。

もちろん、関節の変形そのものを元に戻すことと、痛みを改善させることは同じではありません。

だからこそ、病名だけで治療を決めるのではなく、目の前の関節がどのような状態にあるのかを評価する必要があります。

私が診療で大切にしているのは、この部分です。


わからないことがあっても、医学は前に進める

三体問題では、天体の動きを支配する法則がわかっていても、その複雑な相互作用によって、将来の動きを正確に予測することが難しくなる場合があります。

人間の身体もまた、さまざまな要因が影響し合う複雑な存在です。

一つの病気に対して、一つの明確な原因と、一つの万能な治療法が存在する。

そのように考えられれば、医学はずいぶん簡単になるでしょう。

しかし、現実はそうではありません。

だからといって、治療を諦める必要もありません。

病気が発症した理由を完全に解明することと、今、目の前にある問題に対して治療を行うことは、必ずしも同じではないからです。

「なぜ、この病気になったのか」

そして、

「今、何を治療できるのか」

この二つの問いを分けて考えることが、私は大切だと思っています。

わからないことを、わかったことにしてしまわない。

しかし、わからないことがあるからといって、そこで立ち止まるわけでもない。

わかっていることを手がかりに、目の前の患者さんに何ができるのかを考える。

医学の面白さは、そんなところにもあるのではないでしょうか。

 
 
 

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